Birth plan

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出産後、分娩室で見えてた空と流れ星。

忘れないうちに、出産記。

予定日超過して、7月5日、朝。
おしるし?があり、ちょうど病院に行く日だったのもあり、病院へ。
おう、いい兆候ね。とお医者様に言われ、その日は帰宅。

私のバースプランは、無痛分娩で出産すること。
これは、妊娠がわかる前からの私の希望。
ということで、妊娠がわかった時点での
産院選びも、無痛分娩をしている病院を探して。
そして、7月という、家業にとって一番、忙しい時期に
出産するため、できるだけ家族に心配をさせず、
カラダの回復が早い方法を選択するためにもこれしかなかった。
賛否両論あることは十分承知ですが、
私にはベストな出産方法であったと思う。

ここで大きな問題が。
前々からわかってたことだけど、
忙しい(ほんと頭下がる)産院の先生の月1のリフレッシュ休暇の週末が
この週末で、麻酔医不在につき、無痛はできません。と前々から張り出されていたわけで。。。
ここで私、ナーバスに、まぁ、来てしまったら、腹をくくります。と、
そしてこの週末はできるだけ静かに過ごすことを旦那様と
誓って、週末をゆたりと過ごす。(といいつつ、仕事したりw)
そして、何もなく、日曜の夜、旦那様は、月曜からの出張のため、自宅へ戻り、
私は、妹と夜中のレモンパイを焼くw
この頃から、なんとなくお腹が痛いなと思いつつ、いつものこといつものことと
思って、普通に過ごし、就寝。
午前4時頃、お腹の痛みで起きる、これが陣痛?と思いつつ、寝るけど、痛みで起きる。
とりあえず、陣痛アプリをDL(してなかったw)して、感覚を測ると10分。
で、朝まで調子をみる、妹になんかお腹いたいんで、病院に行くと伝え、
病院に送ってもらい、ひとりで入院。

9:00 病院へ。
ひとりで病院に来たことで驚かれつつ、見てもらったら、
陣痛感覚は3分w 我慢強いにもほどがあるw
ということで、入院決定。
したら、父から電話。今すぐしなきゃな仕事をお願いされてw
処置をしていただきながら、パソコンで仕事するwww
お腹は痛いけど、どうにか仕事をして、無痛分娩の準備に入る。
背中からカテーテルで麻酔をしてもらい、痛みが緩和していく。

12:00 長野に出張に行ったはずの旦那様が、
途中で引き返して、病院に来てくれる。
ここからは、看護師さん、旦那様と談笑しながら。
麻酔のおかげで、陣痛間隔はだんだんと遠のいてしまうので、
促進剤を滴下しつつ、子宮口開き待ち。
ここからが長かった。
夕方頃には産まれるかなーなんて言われてたけど、
子宮口はなかなか開かず、夜を迎える。

同時進行で別の分娩室でも、お産が行われていて、そちらは普通分娩。
悲鳴も聞こえつつ、私のお腹もだんだん、痛くなってくる。
痛みがきたら、麻酔はまた増強してもらえるんだけど、麻酔なしでがんばってる
人が近くにいることもあり、私、我慢してみるが、血圧がどんどん上昇。
ってことで、追加で麻酔してもらうことに。

22:00 分娩のカラダの準備が整う。
ここまで談笑しながらだったので、
突然、緊張感が走る。
麻酔はしてても、陣痛がくるのはしっかりわかるので、
それに合わせて、いきむ。

22:48 女児誕生。
でてくる瞬間までをしっかりと見届ける。
(こんなことできるのも、無痛のすごさかもしれません。)
私の血圧が180を超え、下がらないという事態が発生し、
カラダは震えが止まらない。。。ここが一番の恐怖だった。
その後は、後処理、後陣痛の痛みに耐え、朝を迎える。

実に15時間の分娩時間。
前日の夜以来、何も食べず、麻酔のため、氷のみしか食べられなかったので、
お腹すいたばかり騒いでたようにおもうw
そして、飲食できるようになってから一気飲みしたポカリの味は
忘れられないw

そして、院長先生に、無痛分娩を選択したのは、正解だったね。と言われる。
無痛だからこそ、耐えられた私の母体。

帝王切開でさえ、楽したのね。なんて未だに言っちゃうようなご時世に、
無痛分娩なんて、手抜きもいいところと言う人もいるかもしれない。
だけど、私はどうしても選択したかった。
母子ともに健康で産まれるということ。
これが目標だったし、私は、科学技術を心から信じてる。
(といいつつ、東洋医学だって信じてる。)
要は、何がどうで、どう駄目なのか、それをしっかり学んで、
選びとることだと思う。

で、今思うことは、普通分娩をした人たちの凄さ、
足を向けて眠れません。

私の出産記おしまい。




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